Starry Blaze

DragonQuestV > ThemeStory03:stylist[2]

8年間、どこに行ってたかって?
ゴメン、よく思い出せないんだ。
実は、僕、その間記憶喪失だったんだよね。
攫われたビアンカを助けに魔物の本拠地へ向かって。
不覚にもそこで後ろから頭をやられちゃってさ。
それで記憶を失ったらしいんだよ。
どうにかデモンズタワーからは脱出できたらしいんだけど、その辺の記憶も曖昧なんだ。
誰か、何か、捜さなきゃって想いだけはあったんだけど、それしか思い出せなくて、いろんなところを彷徨ってた。
そのうち、グランバニアで僕のことを知ってた人がさ、僕のこと見つけて、それで城の皆に報せてくれたんだよ。
大きくなった子ども達と再会して、ようやく記憶を取り戻せたんだけどさ。
うん、記憶喪失だった頃のことはあまり覚えてない。
何だか、心ここに在らず、って状態で彷徨ってたらしく、寝食もろくに摂らなかったみたいで。かなり衰弱してたんだ。
もっと早くヘンリーに報せたかったんだけど、余計な心配かけるのも気が引けて。
遅くなっちゃった。
ホントに、ゴメンね。
うん、もう大丈夫。

大丈夫だから――……





「遊びに来たよ、ヘンリー」

衝撃と、感動の再会を経て。

その数週間後、だった。
ヘンリーのもとを、イザナが訪れたのは。

「母さんの故郷に行ってきたんだ。深い森に囲まれた、自然溢れるいいところだった」

魔法の絨毯っていう、スゴイものももらってきちゃった と、イザナは穏やかな笑みを浮かべて会えなかった数週間の出来事を話す。
まるで、空白の8年間を埋めるように。

「その絨毯に乗って、テルパドールにも行ってきたんだよ。
 ルーラで行ってもよかったんだけどさ、子どもたちが、どうしても乗って行きたいって言うから」

マリアが淹れてくれたお茶を飲みながら。
城一番のコックが用意した茶菓子をつまみながら。
政務のために城から出ることが叶わないヘンリーに、自分も一緒に旅をしているかのような思いをさせてくれる。

「ほら、ナユタが天空の剣を装備できたって話はしただろう?
 テルパドールに行って、兜を装備することができて、ナユタが真の天空の勇者だってことが示された。
 なんだか、不思議な感じだよ。あれだけ必死に探してた勇者が、自分の息子だったなんて」

父パパスとの約束のひとつが果たされた、とイザナは語った。
それを、ヘンリーは少し寂しい思いで聞いていた。

あの日を忘れない、という戒めは、今もイザナを縛っていることだろう。
その成果が、今のイザナであるわけだから。
勇者を見つけることができた、あとは残る1つの防具、天空の鎧を見つけ出し、魔界へ連れ去られたという母親を見つけるだけだ。
もちろん、今も行方不明の妻を探し出すことも忘れてはいない。
また、母親と助ける過程で父の敵を討つことができたなら、とも考えているだろう。
形としての戒めがなくとも、イザナはきちんと自分が向かうべきもの、目指すべきものを心得ている。

だから、イザナの髪は今も短いままなのだ。
8年前、別れた時そのままに。誰かに切ってもらったのだろう、でなければ、あの時のままのはずがない。

そう思うと、我知らず嘆息してしまう。
仕方のないことだということはわかっている。
イザナは、ただ旅に身を投じていればいいというだけの旅人ではないのだ。
彼は、グランバニアという国の王でもある。
民衆の前に姿を現すときは、王に相応しい姿で出なければならない。
整っていない髪では、王の威厳を示すことはできないだろう。
王仕えの召使いが、畏れ多いと思いながらもその髪に触れ、長さを整えるだろう。
自分でやるという制止を振り切ってでも、召使いがイザナの髪を清めるだろう。
それが、王族というもの。
ヘンリーとて、その体制を変えるのに多くの労を費やしたのだから。

今のイザナの髪も、誰かが整えたあとのものなのだろう。
でなければ――

胸が疼いたところで、イザナが自分の顔を覗きこんでいることに気がついた。
そこまで自分は悲痛な顔をしていたか、と自分を省みてしまうほど、イザナは心配そうな顔をしていた。

「ど、どうしたんだ、イザナ?」

「どうしたんだ、じゃないよ。ぼーっとしちゃって。何かあった?」

「何か、って別に何も……」

口籠っては、逆に何かあると勘繰られてしまうとは思うが。
それでも、こう言う以外に手がないのだから仕方がない。
心の中に蟠っているものは、言葉にすることも難しければ、口にすることも憚られるようなことだから。

「ヘンリー……身体の調子、よくないんだ? だったら――」

帰る、とでも言うのだろうか。来たばかりなのに?

気付いた時には、イザナの手を掴んでいた。
実際イザナは、帰るために腰を浮かしていた、なんてことはなかったのに。
帰る素振りなんて、微塵も見せていなかったのに。
憶測だけで、引き止めてしまった。

びっくりしたように、イザナが繋がれた手と手を見つめている。
慌ててその手を離しても、すでに手遅れだった。

「ヘンリー……」

「いや、悪い。気にしないでくれ。
 ――ンで? 『だったら』、なに?」

あえて平静のように振舞うけれど、それが却って不自然に映って。
それを自覚していたからこそ、ヘンリーは内心かなり焦っていた。

「ん……だったら、今日はやめておこうかな、って思って」

イザナは微笑う。
哀しげに。
本当に残念そうに。

一体何がイザナにそんな表情をさせているのだろうか。
気になって、ヘンリーはイザナの目を覗き込んだ。

先を促されて。
イザナは、どこか照れたように、ヘンリーから視線を外した。

「いや、だから……。
 久しぶりに、ヘンリーに髪を切ってもらおうかな、って思ってたんだけど……」

今回ラインハットを訪れたのはそれが目的だと、イザナはたどたどしく語った。
嬉しい申し出であるはずのそれは、しかし、ヘンリーに別の不安と疑問を呼び起こしていた。

なんで、俺に? 俺がやらなくとも、オマエには髪を切ってくれる人間が余るほどいるだろうに。

今は行方不明でいないが、彼の妻ビアンカを筆頭に。
宮仕えの官人に、幼い頃からイザナを見守ってきたサンチョという家臣。
ヘンリー自身に頼みに来るまでもなく、誰かが髪の伸びたイザナに気付き、それを見栄えよく整えてくれるだろうに。

思っていたことを読んだのだろうか、少し不機嫌そうにイザナは眉根を寄せた。

「ヘンリーが言ったんだろう。切らせるなら、ヘンリー以外には切らせるな、って」

「いや、確かに言ったが……。オマエ、今までそれ忘れてただろ」

だから、今更操立てする必要はないから 言うと、イザナはさらに表情を険しくした。

「――ヘンリーは、僕がヘンリーとの約束、忘れるような人間だと思ってるんだ?」

「まさか、そんなふうには思っちゃいねぇよ。
 でも――オマエ、その長さ、どう考えても俺以外の人間に何度か切らせてるとしか思えないし。
 それに――結婚式とか、戴冠式とか、表舞台が幾つもあっただろ?
 その時、否応にもスタイリストに……」

「心外だな。僕があれだけ強情に約束守ってきたっていうのに。
 結婚式の時も、戴冠式の時も、僕の身支度を整えてくれた人はみんな、髪に関しては手を入れる必要はないから楽です、って言ってくれたんだよ」

僕の苦労も知らないで――イザナはそっぽを向く。
らしくなくヘンリーは慌ててしまって。

「や、そのっ……悪いっ!
 疑ってたわけじゃないんだ。
 だから、その……8年も経ってんだ、髪がそれだけしか伸びてないってのは、やっぱり変だし……」

自分が切っているのだ、最後に髪を切った8年前、どれほどの長さまで切っていたか、ヘンリーは今でも思い出せる。
その時を最後に8年間も機会がなかったから、だからこそ強く印象に残っているのかもしれないが。

「自分で切るにしても、後ろは流石に無理があるだろう?
 俺以外の誰かに切ってもらったとしか――」

「でもっ……僕は……」

「あーっ だからオマエのことを信じないってわけじゃねぇから。
 でも――8年、ってのが、なぁ」

「ッ……!!」

それまでテーブルに肘をついて、頭をガシガシ掻いていたヘンリーだが。
息を呑む気配に、本能的に顔をあげた。
イザナがこんな反応をすることは、タダゴトではないと……これまでの付き合いでイヤと言う程分かっていたから。

「――イザナ。
 オマエ……何か俺に隠してることがあるだろう。
 髪のこと、じゃなくて。
 もっと別の、もっとデッカイこと」

「…………」

「オイ! イザナ!!」

押し黙るイザナの腕を掴み、今の自分にできる精一杯の力で彼を揺さぶった。
しかし、常に身体を鍛えているイザナには、その振動はいくらも伝わっていないように見えた。

幾許も経たないうちに、イザナは正面からヘンリーを見据えた。
捕らえるような視線で見つめた後、にっこりと、いっそすがすがしいまでの笑みをヘンリーに見せた。

「何を? そんな、ヘンリーに隠し事なんてするハズないじゃない」

「イザナッ!!」

「隠し事なんて――できないよ。 ……だから、今から、言うから」

俯いて。
震える声で、イザナは一言、ゴメンと零した。
心配かけたくなかったから黙っていたかった、とも。

「ヘンリー……行方不明になってた間の僕のコト、訊いただろ?
 僕、ショックでその間の記憶がない、って、この前話したけれど……アレ、嘘だったんだ」

8年の空白の後、ラインハットを訪れたイザナは。
その8年の間の記憶がない、とヘンリーに語っていた。
助けに向かった先で、またも妻を連れ去られ、精神的ショックと、魔物に頭をやられた物理的ショックで、記憶を失ってしまった。
その間、当てもなく世界を彷徨っていて。
とある街で王の行方を探すグランバニアの人間に発見され、子ども達と再会することで記憶を取り戻したのだ、と。
イザナはそう語っていた。
しばらく療養が必要で、けれどもヘンリーに心配をかけるわけにもいかないから。
手紙で報せることも憚られていたのだ、とも。

再会したあの日、語るイザナのその側で、子ども達が何か言いたげに彼を見上げていたが、イザナはやんわりと首を横に振っていた。
ヘンリーはてっきり、子ども達は辛い記憶をそれ以上語らなくていいんだ、と父親に告げようとしていたのだと思っていたし。
イザナはそれを、平気だから心配するな、という意味で首を振ったのだと思っていた。

だが、今。
イザナはそれが嘘だという。
どこからどこまでが嘘なのか。
混乱する頭では考えることができなかった。

「どうして今になって、言うつもりになった……?
 オマエは有言実行の男だろう」

心に決めたことは必ず現実とする、強い心を持った男だ。
絶対に奴隷から逃げてやると決意すれば、10年の後に抜け出してみせたし。
勇者を探すと父親と約束すれば、それを長い年月をかけて現実のものとした。
生半可な心では、とてもじゃないがここまでできないだろう。

聞こえは悪いが、ヘンリーを騙すと心に決めたのなら、それを突き通すだけの心の強さは軽く持ち合わせているはずなのだ。
なのに、何故?

「良心の呵責と心の弱さに因るところ、かな」

顔を伏せたままなので、イザナの表情を窺うことはでいない。
けれど、その声が弱々しいことから、表情もそれに伴ったものだと分かる。
イザナ自身、それに気付いているからこそ、顔を伏せているのだとも。

「心の弱さって――オマエの心は弱かないだろう。
 あの10年を一緒に乗り越えてきたからこそ、俺にはよくわかってる」

自分を支えにできないヘンリーが、ずっと支えにしてきたのがイザナの存在なのだから。
イザナが壊れないでいてくれたからこそ、自分はしゃんと前を向いていることができた。
壊れないように守っていくことで、自分を奮い立たせていた。
すべては、彼の存在のおかげだった。

「違うよ、ヘンリー。僕は強くなんかない。
 あの過酷な10年を乗り越えてこられたのは、ヘンリーがいたからこそだよ。だから――」

ぱたり と彼の旅装束に、1滴の涙が零れ落ちた。

「ひとりなのは、耐えられなかった。狂ってしまうかと思った。8年、ずっと、石像のままで――」

「せき、ぞ、う……?」

その単語は、何の意味のない記号の羅列のように、ただ音としてしかヘンリーの脳に届かなかった。
理解できるまでに、一体どのくらいの時間を要しただろう。
石像? 石で作られた像? それが、どうしたって言うんだ?

「敵の、手にかかって……8年前、僕と、ビアンカは、石にされてしまったんだ……。
 闇取引で、売り飛ばされて、ずっと……」

「8年間、ずっと石像やってたっていうのかッ!!??」

勢い込んで立ち上がり、肩に掴みかかったヘンリーに、イザナはコクリと頷いた。

あまりにか弱かった。
強いはずの、イザナ。
ヘンリーがずっと、心の支えにしてきた。
憧れ、思慕の念を抱いていた。
強い、イザナ。
今は、とてもちっぽけに思える。

「不安で不安で、たまらなかった。
 引き離されたビアンカはどうなってしまったのだろう、
 グランバニアに残してきた子ども達はどうしているだろう、
 仲間たちは無事だろうか、
 ――僕はもう、これで終わりなのだろうか」

顔をあげ、呆然とどこかを見る。
目の焦点は合っていない。
虚ろに、ヘンリーを見、部屋の装飾に目をやり、窓の外の蒼を見つめた。

「ずっとずっと、青空を見ながら。
 それはあの10年と変わらないはずなのに。
 8年……君がいないだけで、僕は――」

すぅ と涙が一筋流れる。
あまりにイザナは儚くて、触れるのも躊躇われて。
その涙を拭ってやることはできなかった。

「石像から元に戻って。
 人間としてようやく眠りにつけると思ったのに。
 夢の中でも、僕はずっと青空を見ているしかできなかった。
 逆に、石像から解放されたことの方が夢なんじゃないかって、魘されて目覚めるんだ。
 いつまでも、不安で不安で……僕の側には、子どもたちも、仲間たちもいてくれるっていうのに。
 不安は、一向に消えてなくなってくれない。
 もう、押し潰されそうで――」

躊躇われていたけれど、それよりもイザナへの強い想いがヘンリーを突き動かした。
今にも壊れてしまいそうな硝子細工を、吹き荒れる嵐から身を挺して守るように。
優しく、けれども強く、イザナを抱きしめた。

「ヘンリーに、助けてもらおうと思った。
 本当は、黙っているつもりだったんだ。
 ヘンリーに髪を切ってもらう行為は、僕にとっては心を戒める行為でもあったから。
 そうすれば、心は強くなれる。
 だから、ヘンリーに会いに来たのだけれど」

ヘンリーの体温に安心したのか、抱きしめられてからのイザナの口調は幾分落ち着きを取り戻していた。
おずおずと、彼もまたヘンリーの背中に手を回した。

「どちらにしろ、ヘンリーに助けてもらうことに変わりない、って気付いて。
 8年、髪が伸びないはずはない、ってヘンリーの言葉に石像だった頃のこと、思い出しちゃって、それで――」

「俺のせい、だな。イヤなこと、思い出させちまった」

「ヘンリーのせいじゃないよ。僕の心が弱いだけ」

「弱かない。強いよ、十分すぎるほどに」

奴隷時代。
解放される間際まで。父を喪ったあの日を思い出して、夜、イザナが魘されて目覚めることがあった。
錯乱するイザナを、ヘンリーは抱きしめて落ち着かせていた。
――今、抱きしめている身体から感じる体温は、あの頃と変わらない。
それどころか、最後に抱きしめたあの頃と、身体の大きさも、肌の感触も、何もかも変わらない。
それは、イザナが8年、石像にされていたということを何より如実に示していた。

8年、イザナが発狂寸前に苦しんでいた間、自分は何もできなかった。
もっと早く見つけ出していれば、その苦しみの時間も短くて済んだのに。
その間、はやく姿を現せと、受身になって想っていただけで。
自分の愚かさに怒りさえ覚える。
会いたいのなら、自分から探しに行けばよかったのに。
何もかもを放り出して、イザナだけのために生きられればよかったのに。

今、腕の中にいるイザナは、8年前とまったく変わりない。
外見も、もちろん髪の長さまでも。
最後に見た時のままに。
石像であったことは事実で。
そして、髪を切らせるならヘンリーに、という約束を、イザナがずっと守り続けてきたことも真実なのだ。

空白の8年の、イザナの苦悩を想うと心中穏やかでいられないが。
それでも、その苦悩の原因に、ヘンリーの不在が挙げられているというのなら。
それはそれで、何にも代え難い誇りであるように思えた。
自分にとってイザナが特別であるように、イザナにとっても自分は特別なのだと。
彼自身の口から告白された気がしたから。

「――そんなに長くなってねぇようだから、揃えるくらいでいいのか?」

抱きしめたまま、束ねられた後髪を梳いて。
ヘンリーはイザナの耳元で囁いた。

「うん――お願いできるかな」

まだ声はか細いけれど、くすぐったそうに、イザナは答えた。

口調から、僅かだけれど微笑んでいるだろうことがわかって、ヘンリーは、ほぅ と安堵した。

「任せとけ。最高級の鋏の切れ味と、8年間で培ってきた俺の鋏捌き、とくと味あわせてやるよ」

言うと、くすり と、今度は明らかにイザナは微笑んだ。

「8年間、コリンズくんの髪を切るのはヘンリーの役目だったとか?
 それで上達したんだ?」

「ん? まぁな」

「そう――コリンズくんも切ってあげてたんだ。……僕だけが、特別じゃなかったんだね」

「え あ、その――」

寂しげな声色に、ヘンリーは慌ててしまって。
どう弁解しようかと、イザナの顔を覗きこむと。
その様子に、イザナは静かに肩を揺らせて笑っていた。

「――揶揄ったのかよ」

「あぁ、ゴメンゴメン。そんなつもりじゃないよ。
 コリンズくんはヘンリーが大事にしている人だもの。
 その人とおんなじなら、僕も本望だよ」

けれど――と、イザナはヘンリーを真っ直ぐ見つめ、彼の頬にそっと手を添えた。

「そう思ったのは本当。
 僕だけが、ヘンリーの特別であればいいのに。
 昔から思ってたこと。
 思っても詮無いことなのに」

ヘンリーも、添えられた手に、手を重ねた。

「俺も思ってたさ。
 仕方ないことだと思いながら。
 お互い、大切な人がたくさんいるってのにな」

添えられた手の薬指には、イザナが苦心して手に入れたという結婚指輪が。
ヘンリーの視界の端には、マリアとコリンズと自分の、幸せそうな肖像画が飾られている。
お互い、特別であることに変わりないけれど、お互いだけが特別というわけではない。

「髪――切るか。準備するから、ちょっと待っててくれ」

絡み合った視線を引き剥がして。
ヘンリーは扉に向かった。
これ以上ああしていたら、ヤバイ、と思ったから。
名残惜しい気もしていたけれど。

「うん。ヘンリー……――」

「ん?」

後から追いかけてくる声に、ヘンリーは振り返る。
世界中の誰よりも優しい視線が、自分を見ていた。

「これからも、ヘンリーだけで、いいよね」

当然だろ とヘンリーは頷いた。

何が、ということは訊かないでおくことにする。
そうすれば、もうしばらくは、夢を見ていられそうだから。

自分にとって、彼は特別。
彼にとっても、自分は特別。
彼だけ、自分だけ、と願ってやまない。

子どもじみた独占欲、あの頃は、どこかで切り捨てなければと思っていたけれど。
それは、自分が子どもだということに嫌気がさしていて、早く大人になりたいと渇望していたからで。

今はその独占欲がいっそ気持ちいい。
きっと、大人になってしまった今。
彼だけが特別だったあの頃を、過酷な過去だと思いながらも、懐かしいと思っているからなのだろう。



子どもの時は、自由だった。
イザナだけを、想う分には。




というわけで、"stylisit" 終幕です。
分ける必要なかったんじゃないの? と思われる方。その通りだと、私も思います。
ただその根底には 「お題2つ消化できるじゃん♪」 という魂胆があったにすぎないのですよ(苦笑)

この話は、両思い、って設定で書いてましたね。
今まで(といっても、3つしかないですが)のは、ヘンリー→主人公で書いてましたが。
そういう点では珍しい、のかも。
ヘン主、って表記する以上、両思いが前提なのかしら。皆さんはどう思います?
ま、私はどちらも切なくて好きなんですけどね。