Starry Blaze

DragonQuestV > ThemeStory02:stylist[1]

それはずっと、俺の役目だった。

人の全く寄り付かない古代遺跡へ誘拐されて、どことも知れない、空に近い場所へ拉致された。

幼い子どもだからといって、例外ではなかった。
むしろ、これから大人への階を登る過程で、その思想を刷り込めれば、という魂胆だったのだろう。
光の世界を迎えるために、その神殿を完成させるのだ。
これは尊い務めなのだと思い込ませ、疑問を抱かせぬまま働かせるには。
子どもという存在は、まさにうってつけだったのかもしれない。

しかし。
俺とイザナはそれに染まることはなかった。
あり得なかった。
連れ去る過程で、あれほど強烈な憎悪を抱かされて。
そして、劣悪な環境で働かせて。
何が教祖だ。
何が光の教団だ。
信ずるべきは他にある、それを俺達は十二分に理解していた。
年端もいかぬ、ただのガキでも。

俺ひとりなら、意思はとっくの昔にくじけていたかもしれない。
俺は、イザナがいたからこそ、10年もあの場所で耐えられた。
イザナがいたからこそ、なんだ。
イザナの方は、俺なんかがいなくたって、きっと耐えぬけたと思う。
彼には、それだけの信ずるものがあったのだ。
父との約束、受け継いだ信念。
それが、イザナを強くしていた。

俺が耐え抜けた理由は、イザナの存在と、イザナへの負い目、イザナへの執着。
すべてがイザナに関することで。
もはや、生きる理由となっていた。



          ◇



「いい加減、無理矢理にでも切られちまうぞ」

イザナは、奴隷として連れて来られてからずっと、髪を切ろうとしなかった。
前髪は鬱陶しくて、さすがに手を入れていたようだが、もともと長かった後ろ髪は、束ねても邪魔になるほど伸びていたのだ。

好きで伸ばしているわけではない、というのには気がついていた。
容赦なく汗は流れ、背中にあたる漆黒の髪に吸い込まれ、重くなる。
へばりつき、砂埃を嫌というほど取り込んでしまう。
邪魔そうに払えば、危うく監督官に当たりそうで。
見ているヘンリーは何度気を揉まれたことか。

切った方がよくないかと、見るに見かねてヘンリーが言っても、イザナは首を縦に振ろうとはしなかった。
ただ黙々と、与えられた1日の仕事をこなすだけだった。

もう膝裏にまで髪の毛が届く頃には、イザナの後姿を見て眉を顰める監督官が現れだした。
ひそひそと、何か言葉を交わしあい、あろうことか舐めるような目つきでイザナを見るのだ。
最悪の環境で、お世辞にも決して良好とは言えない健康状態にあっても、イザナはいつまでも美しく、彼の髪もまた、黒真珠のような黒光りを湛えていたのだ。

とてもじゃないが、我慢できなくなっていた。
何か起こってからでは遅いのだ。

夜。
1日の全ての仕事を終え、あとはもう寝るだけだ、という時になって。
ヘンリーはイザナを連れ出した。

「どこで手に入れたのさ。
 見つかったら、ただじゃおかないんじゃないの?」

人目のつかない場所で。
ヘンリーが、何とかして手に入れた鋏を見て、イザナは言った言葉とは裏腹に、薄く笑っていた。

「切るんだ? 僕の意思なんかお構いなしに」

「無理矢理に変わりなくても。
 アイツらに切られるより、俺に切られる方がまだマシだろう?
 だから、ほら。後ろ向けよ」

イザナは何も言わないまま、ヘンリーに背中を向けた。
髪の毛が揺れて、ほんの僅か、ヘンリーとイザナの間に風が生まれた。

やけに素直だな、と思いながら。
ヘンリーはイザナの髪の毛を束ねていた紐に手をかけた。
あまりに多い量に、いまにもはちきれてしまうのではないか、というくらい。
その紐も、使い込まれた歴史を窺わせた。

「どうして僕が髪を伸ばしていたか。ヘンリーなら、わかってるよね」

解き、すべての髪を自由にしたところで。
背中を向けていたイザナが声をかけてきた。
こちらを見ていないからわからないだろうな、と思いつつ、ヘンリーは首肯した。

見えてない、はずなのに。
ヘンリーが頷いたことを理解して、イザナは続けた。

「あの日を忘れないための戒めにしようと思ってた。
 だけど。
 それすらも許されないのかなぁ」

櫛までは手に入らなかったから。
仕方なく手櫛でイザナの髪を梳いてやる。
自分の髪は痛んでしょうがないのに、どうしてコイツの髪はこんなにキレイなのだろう――ヘンリーは思わずにいられなかった。

場にあるまじきことを考えながら、同時にイザナの言葉に含まれた気持ちも思い遣る。
イザナがどんな思いを込めて髪を伸ばし続けてきたか、ヘンリーはイザナ以上に理解しているつもりだった。
だから、本当は、ヘンリーも髪を切ってやらなければ、なんて思いたくもなかった。

けれど、そうしなければ。
何か、今以上に悪いことがイザナを襲ってしまう危険性が出てしまったのだから。
断腸の思いで、命懸けで髪を切るための刃物を手に入れてきたのだった。
鋏が手に入ったのは、幸運中の幸運だったにすぎない。

「どこまでなら、切っていい?」

梳きながら、触れながら。
そうしているうちに、切ろうという意欲を失ってしまいそうで。
自分を奮い立たせてヘンリーは訊いた。
イザナは、自分から切ると言いだしたのに、と僅かに笑った。

「いっそヘンリーくらいまで切ってもらっても構わないよ。
 切るのなら……どこまで切ろうと同じことだもの」

イザナ自身、切らなければならないと自覚していたのだろうか。
やけにあっさりと答える。
……いや、切らざるを得ない状況に、投げ遣りになっているとしか思えなかった。

髪の長さを、過ぎた年月と思い、自分を戒めにしてきた。
その気持ちが分からないわけではない。
ただ、ヘンリーは思うのだ。
イザナほど、強く真っ直ぐな心を持っている人間ならば、現実に存在する物質を戒めにする必要はないのではないかと。
自分は、イザナの存在を支えにしてしか生きていけない、けれど、イザナは違う。
あの約束が、イザナを生かしている。
受け継いだ信念が、イザナをこの世に縛り付けている。
何も髪など戒めにしなくとも、すでに彼は戒められているのではないか、と。

髪に、鋏をあてた。
今のヘンリーよりも長いくらい。
束ねられるくらいの長さにしておいた。
投げ遣りなイザナの言葉通り、いっそ丸坊主にでもしてやろうか、と思わないでもなかったが。
流石にそれは思いとどまった。

鋏を閉じて、髪を切る。
瞬間、イザナの身体が震えた。
鋏は錆びていて、切れ味が悪くて。
一思いには切ることができなくて。
ヘンリーは、その度に震える肩を見ていなければならなかった。

ぱさり ぱさり

髪が地に落ちる。
舞うには重量がありすぎて。
たとえは悪いが、黒いヘビが地に落下していくようだった。

最後の一房。
それを切り終えると、軽くなったよ、と言わんばかりにイザナは頭を軽く振った。

「どう? 鏡なんてないから、ヘンリーの感想訊くくらいしかできないんだけど」

水もろくにないから、鏡の代わりになるものすらない。
イザナにとって、どれくらいの長さか、というのは背中に触れる感触でしか確かめられない。

「俺自ら切ってやったんだ。悪いわけないだろう」

膝裏まであった髪を束ねていた紐を、イザナに返しながらヘンリーは答える。
だったらいいや、とイザナはその紐で、再び自身の髪を束ねていく。

イザナと、出会った頃の髪の長さだった。
出会った頃は、いつ魔物との戦いが起こるかわからなかったというのに、それでも髪を束ねてはいなかった。
今は、束ねずにはいられないのだ。
できるだけ身体に熱が篭らないようにしなければ死んでしまう。
そんな劣悪な環境なのだ。

それなのに。
イザナはあえて長い髪で過ごしていた。
そうせざるを得なかった心境を、ヘンリーだってわかっていた。
わかっていたから。

「――これからは、俺が切ってやるから」

髪を戒めにしなければならないというのなら、その戒めを解くのは、その痛みを同時に経験している自分しかいないと思った。
同時に経験しているからといって、心が別である以上、まったく同じ経験であるとは言えないけれど。
それでも、自分は他の誰よりも適任だと、ヘンリーは思っていた。

「オマエの戒めは、俺の戒めだから。
 オマエの身体を離れても、その戒めは、俺の中で生きているから」

だから、切るなら、俺だけに切らせるんだ――素面ではとてもじゃないが恥かしくて言えないセリフだが。
言わずにいられなくて。
真摯な目で伝えると、イザナは哀しげな目で微笑んだ。
まるで、ヘンリーまでも背負う必要はないんだよ、と言いたげな目で。

自分だけが苦しんでいればいいんだ、という自虐的なイザナの心情が読めたようで。
ヘンリーは怒りを覚えたけれど。
それでもイザナが約束してくれたから。
その場は怒りをおさえるしかなかった。

「ヘンリーだけにしか、切らせないよ」

触らせるな、とまでは言わないよね? イザナは冗談めかして、寝所に戻ろうと促してくる。
そこまでは言わないさ、とヘンリーは笑うけれど、内心では、できるならそうしてほしいとも思っていた。

特別なのは自分だけであればいいのに。
自分にとって、彼がそうであるように。

けれど、それは子どもじみた独占欲なのだ、と。
未だ子どもでありながらヘンリーは自覚していた。

更けていく、夜。
髪の後始末をし、隣に眠るイザナの寝顔を見ながら。
あの豊かな髪に次に触れられるのは一体いつだろう、と。
ヘンリーは夢現に思っていた。
それが、浅ましい欲情であると、理解しながら。



          ◇



それからも、イザナは髪を伸ばし続け。

いい加減切らなければ、という時になってヘンリーがその髪に鋏を入れる。

奴隷として酷使されながら、そんな年月が繰り返されていた。

初めてヘンリーがイザナの髪の毛を切った日から数年が経ち。

ヘンリーとイザナは奴隷という枷から逃れることに成功した。

これで自由だ、と。
それぞれの信念を形にできる、と互いに旅立って。

それぞれが伴侶を迎えても。

ヘンリーにとって、イザナはいつまでも特別な存在だった。



8年。



何の音信もないまま、別れて過ごした年月。

思わない日はなかった。

死ぬはずがない、いつかまた、ひょっこり姿を現すに決まっている。

そう自分に言い聞かせながら、それを支えに生きてきた8年。



やっと、イザナはヘンリーの前に姿を現した。

別れた時の姿そのままに。




私の書く話には髪に関する話が多い、です。
特にココでは。シンフォニアの話も髪を切るお話でしたし。
どこかで、何かの本で。女性は他人の髪には自分のものほど愛着を持たない。髪に対するフェティシストは男性に多い、と読んだ覚えがあります。
また、他人に髪を洗わせるのは、その人を信頼しているからこそできることなのだ、というのも別の読み物で。
そんな過程があって、シンフォニアの話やこの話ができたわけですよ。

まぁ、そんな話はさておき。
微妙に続きます。